GMO熊谷正寿代表が忍耐力でハゲタカファンドを追払うシーン

熊谷正寿氏が忍耐力を発揮した5つのシーン
熊谷正寿氏が先見性を持って起業し、ダントツトップを走り続けていたGMOインターネット株式会社(以下、GMO)。けれどもこの会社にも、あわや倒産の危機がありました。そのときハゲタカファンドに対して熊谷氏が見せた忍耐力とは?

GMO熊谷正寿代表が忍耐力でハゲタカファンドを追払うシーン

 

1.ローン・クレジットの金融業に挑戦する

熊谷正寿氏は仲間=社員との信頼をベースに起業し、洞察力・忍耐力を持って、ハイスピードで会社を発展させてきました。背伸びすることをよしとしない熊谷氏の方針で、財務状況は無借金。競合ベンチャーだけでなく、すべての会社のかがみのような経営を行っていました。

そんな折、熊谷氏にオリエント信販の買収話が持ち込まれます。当時GMOは、インターネットインフラとインターネット広告・メディアの2つの事業を行っていました。それらに加えて、熊谷氏は2005年にオリエント信販を買い取り、新たな3つ目の事業として、ローン・クレジット業に挑戦し始めたのです。


 

2.引当金の落とし穴にはまる

オリエント信販はローン・クレジット業界では中堅どころであり、金融業のノウハウをもたないGMOにとって強力な仲間となるかに見えました。ところが買収して半年後、グレーゾーン金利を違法とした最高裁判決に加え、会計基準の改定の結果、熊谷氏は過払い金の引当金を、過去10年に遡って積まなければならないこととなりました。それは200億円という巨額なものでした。

このためGMOは、順調に純利益が出ていた状況から、あっという間に損失が膨らんでいったのです。

裁判の判決や基準の改定などは、熊谷氏の先見性や洞察力をもってしても予測し難い出来事でした。けれども氏は「やはり、自分のせいだと思いました。だから、自分で責任をとった」とおっしゃっています。

熊谷氏は2006年末に個人名義で76億円の増資をしました。そして2007年には、やはり個人資産の48億円でGMOインターネット証券(現在のGMOクリック証券)を買い取りました。

一般の方から見ると夢のような金額ですが、これほどの個人資産を一代で築いた陰には、人一倍の苦労があったことでしょう。その苦労の賜物を、最終的に170億円も差し出した熊谷氏の忍耐力は、驚くべきものです。


 

3.複数の銀行が手を引き始める

200億円もの引当金は、上場企業として財務制限条項(コベナンツ)に抵触し、債務超過が長引けば上場の廃止もあり得る状況でした。借入金が約1700億円となり、当時の取引銀行20行のうち4〜5行がGMOから手を引き始めました。

信頼していた取引銀行の離反。熊谷氏は、腹心の仲間とともに各銀行を回り、取引の続行を要請しました。事業が右肩上がりで勢いがあった際には、銀行のほうから拝むようにして資金を貸付けられていたのに、今度はこちらから頭を下げてお願いに上がる日々。いったいどれほどの忍耐力を要したことでしょう。

幸い、以下の3つのメインバンクをはじめ多くの銀行が踏みとどまって支援を約束しました。特にあおぞら銀行は、手を引いた銀行の分まで面倒を見ると言ってくれました。

  • あおぞら銀行
  • 三菱東京UFJ銀行
  • 三井住友銀行

銀行の支援に加え、Yahoo!も14億円の出資を決定。けれども厳しい状況は続きました。熊谷氏は2008年に断腸の思いで、ローン・クレジット事業からの撤退を決意しましたが、このときすでに400億円もの損をしていました。


 

4.ハゲタカファンドが500億円をちらつかせる

最初は金融アドバイザーとして近づいてきた外資系ハゲタカファンドは、熊谷氏に、500億円でGMOを売却するよう迫りました。熊谷氏が、打ち続く困難に憔悴したタイミングでの申し出に、さすがの氏も揺らぎました。

熊谷氏個人のことだけを考えるなら、会社とともに茨の道を歩かずとも、責任を取る形で引退し、海外で悠々自適の生活を送る道もありました。

けれども、熊谷氏の答えは「NO」。熊谷氏は、夢を諦めたくない気持ちと、自分を信頼してくれる仲間との約束を守りたい一心で、楽な方へと流れそうになる心を引き締めました。


 

5.仲間と逆境を乗り越える

熊谷氏が20年近く仲間とともに築いてきた会社や資産、それがたった一つの目論見違いで崩れてしまいました。「覆水盆に返らず」。熊谷氏は当時の心境を「もう言葉で表現できないような脱力感と失望感でした」と語っています。

しかし、20年の間に築いたものは、会社や資産だけではありませんでした。「仲間との信頼関係」が、誰に侵食されることもない熊谷氏の財産として残っていました。

ハゲタカファンドが500億円をちらつかせたとき、熊谷氏でさえも一瞬揺らいだのです。経営者ではない仲間たちが、逃げ出してもおかしくありません。けれども、仲間の幹部たちは誰一人として逃げませんでした。

資金繰りに走り回る熊谷氏のもとで、仲間たちは毎日10時間以上も、あらゆる事態を想定し、打開策を話し合いました。一人ひとりの技能や知識など、持てる力のすべてで会社を支えたのです。

熊谷正寿氏と仲間が強く団結し、洞察力や忍耐力を発揮した日々でした。

 

あとがき

起業してからは順風満帆で、一度も失敗したことがなかった熊谷氏でしたが、突然の倒産の危機に、数多くの場面で忍耐力を試されました。熊谷氏と仲間たちが互いに信頼し合い、逆境に負けずに踏ん張った忍耐力があってこそ、現在のGMOがあるのです。

熊谷正寿氏と仲間たちの忍耐力と信頼関係には、頭が下がりますね!
以上、『GMO熊谷正寿代表が忍耐力でハゲタカファンドを追払うシーン』でした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

参考資料

・@DIME:http://dime.jp/genre/132866/
・企業家記事:http://kigyoka.com/kigyoka/public/article/article.jsp?id=2404
・イチゾウ:http://www.ichizou.com/theory/theory009.html/3
・経営者通信Online:http://www.k-tsushin.jp/search/details/001000/02.html
・日経Bizアカデミー:http://bizacademy.nikkei.co.jp/management/mentor/article.aspx?id=MMACa3000007032012&page=1