五千円札肖像画・樋口一葉の推薦著書5選

樋口一葉が終生追い求めた、生きる意味とはなんだったのでしょうか。それは貧乏や病気に見舞われた人々を文筆で癒し、今後いかに生きていくべきかイメージを提示すること。それこそが樋口一葉の生き方だったように思えます。そして最短距離を最高スピードで駆け抜けました。ここでは、このカリスマ性あふれる書き手についてお伝えします。

五千円札肖像画・樋口一葉の推薦著書5選

 

1.デビュー作『闇桜』
(1892・明治25年、『武蔵野』樋口一葉20歳)

井戸も共用、一本の梅の木もそれぞれ鑑賞できるほど隣接した二軒の家には、母子家庭で一人息子の園田家と、アイドルのような一人娘がいる中村家があった。園田の息子は22歳で学生の良之介、中村の娘・千代も16歳の繊細な乙女、二人は幼少期から兄妹のように育つ。冬のお祭りで縁日に行き遊んでいるところを千代の女学友に見られ「おむつましいこと」とからかわれるが、それを契機に「私は良之介さんに恋している」と自覚する。以来、無邪気に遊べなくなった千代の思いは募り、告白する勇気も出ず、忍ぶ恋の苦痛に悩まされていく。やがて千代は沈みきり、ずっと自宅の床で過ごすようになる。すべてを知った良之介は千代を見舞うが、素人目にも今夜限りの命だということを痛感。帰ろうとした矢先、千代は「お詫びは明日」というか細い声を発する。軒先の桜がこぼれ落ち、寺の鐘打つ音が良之介を包んだ。

どこかしら童話的。穢れのない一葉の真っ直ぐな瞳を感じさせる、まだまだ素人臭が強い作品です。


 

2.樋口一葉日記『塵の中』
(1893・明治26年7~8月、日記 樋口一葉21歳)

作家の日記や書簡は、該当者の文学を解剖する第一級資料。特に樋口一葉は逝去するまで膨大な量の日記を誰のためでもない、自分自身が今、どういう地点に立脚し、明日はどう食べていこうか、あるいは男性との関係についてなど、多くのことについて血が滲むような現実を書き連ねています。日記『塵の中』は、一度作家としてペンを折り、日本一の大遊郭街・吉原(現在、台東区千束4丁目付近)に隣接する細民街(スラム)竜泉寺町(現在、台東区竜泉)に転居。心機一転、荒物屋・駄菓子屋として、作家よりは少しでも堅実な商売をしたいと思うほどに借金で首が回らなくなったが故の、やむにやまれぬ方向転換であった。

しかし今まで小説を書くためにやってきたことを、そう簡単に放棄しきれるものではないし、そんな簡単に荒物屋で稼げるならば作家志望の夢絶たれた者たちの多くは一葉の真似をするだろう。混沌たる地点で頭を抱える一葉の苦痛が、日記『塵の中』には横溢している。

 


 

3.「奇跡の14ヶ月始動!」 ヘビーな一撃『大つごもり』
(1894・明治27年12月、『文学界』樋口一葉22歳)

大つごもりとは大晦日のこと。大勘定時に発生した白金台の金満家庭における盗みを主題に、人間の業の深さを深く洞察している秀作。お峰の両親は貧困な上、金貸しから借金してしまい完全な自転車操業。「金利分の二円だけでも貸してくれ」と娘に泣いてすがる母親。丁重にお願いすれば、奉公先で借りられると思い、お峰は白金台に帰宅。しかし、揉めごとでその場の雰囲気が悪くなり、お峰は借金できなくなる。両親のことを考えるとやむにやまれず、大晦日にお峰は知っていた金の隠し場所から二円を抜いてしまう。それを一部始終見ていた放蕩息子の石之助は、その夜、各所に隠していた金という金をかっぱらって家から消え遊び呆ける。お陰でお峰は自己の罪悪がばれずに済む。不良の石之助とお峰の間には元から何もなかったしこれからもない。

ドロドロとした金にまつわる人間模様をシュールに描く一葉の筆致の凄味が、読む者を惹きつけ動悸すら早まる気がする作品。

 


 

4.樋口一葉・魂の絶唱『にごりえ』
(1895・明治28年9月『文藝倶楽部』樋口一葉23歳)

舞台は吉原。ヒロインお力(おりき)は遊郭の看板娘。ある頃からふらっとお力指名で遊びに来るようになった謎の男・結城。無職ながら金は十分にあり、吉原での遊びを筆頭に道楽三昧で暮らしている。だが自分からお力へ話をせず、他の男のように舞い上がる仕草など一厘もない。その夜は結城の勧めもあってお力はしこたま酒を飲み酔っ払い、自分の生涯についてすべて結城に語る。その生涯の中には、お力に入れ込み過ぎて破滅した源七の話も出てきた。

その源七なる男の家庭はかみさんと男の子があったが、源七が何もしないでフラフラしていることに耐えきれないかみさんと源七のいがみ合いが酷い。結局、かみさんは源七に追い出され子どもと出奔(しゅっぽん)、源七は噂によるとお力を斬り、返す刀で自分も切腹。最後の最後に男気を発して死んだなどという話が一時、吉原で流行ったとか。

この作品においてお力の長ゼリフを引き出す装置として謎の男・結城が機能していることがよく判る。

 


 

5.樋口文学の金字塔『たけくらべ』
(1895・明治28年から翌年まで『文学界』に断続的に連載、樋口一葉23歳)

子どもたちの人間模様を核に据えた吉原の物語。日本文学史上類を見ない設定である。獰猛で過激、ヤクザ同様に表組、横町組と鮮明に旗幟(きし)を分けて、抗争に明け暮れるという子供たちのストーリーが進行。その中にあって廓に住む14歳の美登利と、お寺さんの息子・少年藤本信如とのはかなくもこそばゆい恋愛風景も、読む者の思春期を振り返らせキュンとした感覚を与えてくれる。

ラストシーンは美登利が下駄の鼻緒を切ってしまった人がいることを認め、親切に鼻緒の替えを持って行くと、その人は何と信如そのひとであり、気まずい雰囲気の中、美登利は信如に替えを投ずるが受け取らずに去っていき、美登利は大変悲しむ。

しばらくして美登利は水仙が家の窓に差し込まれているのを見て懐かしさを覚える。この日は信如が僧侶の学校に入学した日でもあった。

昔二人で折り紙を使い作った水仙、女の子よりも不器用な少年の恋心が伝わる。

 


 

6.樋口一葉文学作品一覧 ( )内は媒体名

  • 1892(明治25)年 3月『闇桜』(武蔵野)、4月『たま欅』(武蔵野)、『別れ霜』(改新新聞)、7月『五月雨』(武蔵野)、10月『経つくえ』(甲陽新報)、11月『うもれ木』(都の花)
  • 1893(明治26)年 2月『暁月夜』(都の花)、3月『雪の日』(文学界)、12月『琴の音』(文学界)
  • 1894(明治27)年 4月『花ごもり』(文学界)、7月『暗夜』(文学界)、12月『大つごもり』(文学界)
  • 1895(明治28)年 1月『たけくらべ』(文学界、~翌年1月まで連載)、5月『ゆく雲』(太陽)、改稿『経づくえ』(文藝倶楽部)、8月『うつせみ』(讀賣新聞)、9月随筆『そゞろごと』、『雨の夜』、『月の夜』(三作、讀賣新聞)、10月『そゞろごと』、『雁がね』、『虫の音』(三作、讀賣新聞)、12月『十三夜』、『やみ夜』(文藝倶楽部)
  • 1896(明治29)年 1月『この子』(日本乃家庭)、わかれ道『国民の友』、『裏紫・上』(新文壇)、4月改稿『たけくらべ』(文藝倶楽部)、5月『われから』(文藝倶楽部)、『通俗書簡文』(博文館)、7月随筆『すゞろごと』(ほとゝぎす)(文藝倶楽部)
  • 11月23日、肺結核のため死去。享年25歳。

あとがき

樋口一葉の五千円札が流通しはじめた頃は、「誰、このおばさん?」とか、口の悪い人などは「気持ち悪い表情」なんて不躾な言葉も行き交いはしましたが、もうみなさまにとって馴染のある紙幣として定着しましたね。今後も「GOLDDUST」は紙幣肖像画人物に肉薄して参ります!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。