メキシコの大富豪 カルロス・スリム・ヘル氏の人物像

メキシコの大富豪 カルロス・スリム・ヘル氏の人物像

「世界一のお金持ち」と聞いて、イメージされるのはどんな人物でしょうか?
2014、2015年の長者番付1位だったビル・ゲイツは、マイクロソフトの創始者としてあまりにも有名です。
しかし、2010〜2013年まで1位を守り続けていた人物がいるのはご存知でしょうか?
ここでは、その人物【カルロス・スリム・ヘル】について取り上げます。

メキシコの大富豪 カルロス・スリム・ヘル氏の人物像

 

1.生い立ち

  • 生誕:1940年1月28日(日曜日)
  • 場所:メキシコシティ(メキシコ合衆国)

カルロス・スリム・ヘル氏は、メキシコシティの実業家の三男として生まれました。
彼の両親はレバノンからの移民で、父親のジュリアンは1911年にドライフードストアをオープンさせます。そのお店が成功し、1921年にはメキシコシティの繁華街に新しいお店をオープンさせました。
そしてこの事業がジュリアンに富をもたらし、裕福にしてくれたのです。

実業家の家に生まれたカルロス達は、小さい頃から運用に関する英才教育を受けて育ちます。
兄弟にはそれぞれ独自の出納帳が渡され、毎週の小遣いの管理と出納の確認を課題とされていました。これがカルロス氏の資産運用に関わる第一歩だったのかもしれません。その後カルロス氏は12歳にして株取引を始めます。
カルロスが13歳の時、敬愛する父親が他界。悲しみに打ちひしがれますが、そんな厳しい状況を跳ね除けるように学業に励み、名門高校へ入学。高校時代には彼の父親が創業した店で働き、週に200ペソを稼いでお小遣いとします。

やがて大学生となったカルロスは、ラテンアメリカのトップ大学とも言われる名門、メキシコ国立自治大学に進学します。そこで教師として数学を教える傍ら、土木工学を専攻していました。教師でありながら、学生でもあるという何とも興味深い時期を過ごします。

 

2.事業(キャリア)

カルロスのキャリアを紐解いていく上で、3つの要点が挙げられます。

  1. 実業家としての順調な成長
  2. ターニングポイント
  3. テレメックス

実業家としての順調な成長

大学卒業&数年間講師を行った後、カルロスは最初のビジネスに乗り出します。それは、バーサティル投資銀行でのブローカーとしての仕事でした。

そして投資銀行を退社後、自分自身の不動産投資会社『グルーポ・カルソ』を立ち上げ、その投資先を個人事業や建設、製造、リテイル、レストランまで幅広く拡大していきます。
1966年、26歳の時点で彼の会社には4000万ドル(アメリカドル)もの時価総額があったのです。

そして創業から少し経ち、1980年代にグルーポ・カルソは大きな成長を遂げることとなります。
カルソはタバコ・自動車部品・飲食雑貨チェーンと多岐に渡って企業買収を繰り返し規模を拡大しました。なかでも、買収したタバコ会社はグルーポ・カルソにとって豊富な資金源となり、キャッシュフローの流動性の確保に貢献します。

ターニングポイント

1982年にはメキシコ経済は主に石油輸出に依存していました。当時、石油の値段が急降下したため、世界中で利子が跳ね上がり、銀行やビジネスが国営化が噂されたり、倒産したりしていました。いわゆるメキシコ債務危機と言われるものです。
国の将来は真っ暗闇で、誰もがメキシコは「もう駄目だ」と悲観し、そんな国の株を買う人誰もはいなかったのです。

そのとき、カルロス・スリムは国営化されるという噂のあった大企業の株を「捨て値同然の価格」で買い集めていました。
一世一代の大勝負”究極の逆張り”のあと、結果が出るまで何年も何十年も長期投資を続けます。
現金しか信用できず、ほとんどの人が現金を持ち続けるような状況の中、カルロスは、傾きかけた国の、国有化寸前にまで追い込まれた会社の株を持ち続けたのです。

はたして、メキシコ経済は徐々に復活してゆくことになり、国有化を危ぶまれた企業も持ち直します。
底値で買った株を持っていたカルロスは、メキシコはおろか、世界でも有数の資産家になっていったのです。

テレメックス

カルロス氏はアメリカの通信会社SBCとフランスのテレコムと協力し、メキシコ国営の固定電話会社『テルメックス(TELMEX)』を公開入札によって買収します。そして、テルメックスは彼にとってまさにドル箱となりました。

メキシコ全域をカバーする一大企業であり(国内シェア90%)、アメリカなどの北米圏への出稼ぎ労働者たちがメキシコ国内に国際電話を掛けるときも、必ずテルメックスを経由します。国際電話では発信国の通信会社から受信国の通信会社に対して「接続料金」を支払う仕組みになっており、海外に多くの労働者がいるメキシコの状況はテルメックスにとって圧倒的に有利。このことにより、何もせずともメキシコへの国際電話がある度に、接続料金による収入が入っていくるのです。

その後、カルロス氏はテルメックスの携帯電話部門を切り離し、『アメリカ・モビル』を立ち上げ通信産業に手を広げます。規模そのものも膨れ上がり、今ではアメリカ・モビルをはじめとする電話通信事業はカルロス氏の資産の大部分を占めています。
カルロス氏が若いころに設立した『グルーポ・カルソ』も国際的なコングロマリット(複合企業)に成長しました。製造業や販売業に限らず、太陽光発電・石油開発・水利施設・鉄道などの大規模インフラも手掛け、財閥としての地位を確固たるものにしています。

 

3.慈善家としての功績

カルロスは現在、ビジネスの一線は息子たちに任せ、一番の関心を慈善事業に向けています。
大きく分けて3つの部門で、メキシコおよびラテンアメリカに貢献し続けているのです。

  • 教育
  • 文化
  • 健康

教育

カルロスが2008年に慈善事業のために設立した『テルメックス財団』『カルロススリム財団』より、メキシコ国内の1400の公立学校に10万台以上のコンピュータが寄贈されました。
他にも、メキシコやラテンアメリカを中心に奨学金や学費補助・自転車の寄贈などの支援を続けており、個人的な寄付も含めると約16万人の若者の大学進学を後押ししています。

文化

2011年には、メキシコ、ヨーロッパなの美術品を中心に6万6000点を所蔵する入館料無料の『ソウマヤ美術館』を建設します。美術館の名前は亡くなった夫人の名にちなんでおり、愛妻家としての一面を感じさせます。
ソウヤマ美術館はダリやピカソ、レオナルドダヴィンチなど数多くの有名美術品を展示していることで有名で、美術館のオープンセレモニーはメキシコ大統領によって行われたほどの名高い美術館を設立・運営しています。

健康

カルロスは、2007年にラテンアメリカ周辺地域の健康問題の対策のため、『カルロス・スリム・ヘル研究所』を設立しました。
2010年にはハーバード大学とMITの共同で行っているガンと肝臓病・糖尿病に関するゲノム研究に対して、約58億円を出資しています。

また、カルロスの所有する事業によりラテンアメリカ全体で20万人以上の雇用を生み出しており、結果的に経済面での貢献も行っていることになります。

4.カルロス・スリム・ヘルの名言

偉大な足跡、貢献をし続けいているカルロスにも名言があるので、ここに紹介致します。

  1. 私にとっては、何の意味もないことだよ。世界一でも、20番目でも、2000番目でも、そんなのどうでもいいんだ。家族との生活や自分の時間と仕事とを両立することの方が、豊かになることよりも重要なのだ。
  2. 世界の競合他社よりもひたすら良い仕事をしてきただけのことだ。

1はフォーブス億万長者番付で世界一の金持ちとして紹介されたときのインタビューでの発言です。
この発言からカルロスが家族を愛する気持ちが伺えます。

2は「億万長者になった秘訣は?」と問われたときの言葉。
これはまさに真理であり、もっとも困難なことでもあります。

 

最後に…

ここまでの長文をお読み下さり、ありがとうございます。

カルロス・スリム・ヘルは、幼い頃からの教育に培われた高い知性と困難にも負けない強い精神力を併せ持ち、世界一の資産家にまで登りつめました。メキシコ債務危機の株の大量購入は、まさに彼の真骨頂と言えるでしょう。
外見は少々コワモテではありますが、大変に魅力的な人物であることが感じられます。

現在メキシコの経済は大きく変動しています。予測では2050年頃にメキシコのGDPは世界第5位になり、カルロスの資産はまだまだ増えていくと考えられています。

カルロスの今後も気になりますが、メキシコの経済情勢も把握しておきたいですね!

以上、
メキシコの大富豪 カルロス・スリム・ヘル氏の人物像」でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。