アダム・スミス イギリス旧20ポンド紙幣の肖像画人物の功績を探る

アダム・スミス イギリス旧20ポンド紙幣の肖像画人物の功績を探る

『古典経済学の父』と呼ばれ、旧20ポンド紙幣にもされたイギリスの経済学者アダム・スミス。彼は一体、どのような人物だったのでしょうか。


アダム・スミス イギリス旧20ポンド紙幣の肖像画人物の功績を探る

 

1.アダム・スミスの生い立ち

・生誕:不明(1723年6月5日が洗礼日となっている)
・没日:1790年7月17日(土曜日)
・出生場所:スコットランド(カコーディー)

アダムが産まれる前に父親は他界、母親は子供に父親と同じアダムという名前を付けます。
4歳の時、スリに仕立てあげるために誘拐されますが、内向的過ぎる性格と吃りがスリに向かないとされ解放されます。

1740年

オックスフォード大学に入学するも、1746年に退学。

1752年

グラスゴー大学の道徳哲学教授に就任し、1759年に『道徳感情論』を発表。

1763年

准教授を辞しフランスに渡る。

1766年

スコットランドに戻り、1776年にアダム2作品目となる著書『国富論』を出版。
『国富論』が絶大な評価をされたアダムは、イギリス政府から名誉職を打診されるも、父親と同じ税関吏を望み、1778年にエディンバラの関税委員に任命されます。

1787年

グラスゴー大学名誉学長に就任。

1790年

エディンバラにて死亡。

 

2.アダム・スミスの功績について

1748年からエディンバラにて修辞学や純文学を教え始める。
1759年『道徳感情論』で人間の本質にせまり、名声を得ます。
1763年、第三代バクルー公爵ヘンリー・スコットのグランドツアーに、家庭教師として同行しフランスまでゆく。
1776年『国富論』で説かれた『神の見えざる手』が当時のイギリス政府に多大な影響を与え、現代の労働価値説の基礎を築き上げる。
後の経済学者デヴィッド・リカード、カール・マルクスに影響を与え、アダムは”経済学の父”と呼ばれる。

 

3.国富論

当時のイギリスは”重商主義”でしたが、国富論はそれに対抗してアダムが唱えた論です。
アダムは分業を富への繋がりと考え、ピン工場に例えて説明しています。
一人でピンを作るのであれば1日で1本できるかどうかだが、作業を10人で分担すれば一人あたり4800本のピンを作ることができる。
なぜかというと、労働者の技能を改善し、作業間の時間短縮、1つの作業を簡易化することで、機械の製作ができるからです。
アダムはこの考えを社外へと転換させ、文明社会の富裕は社会的分業によるものとしています。
また、アダムは市場経済へも目を向け”自然価格”の提議を説きました。
個々が自由に行動し交換することにより、生産されたものは、人々が必要とする量と一致するようになる。
すなわち、政府が市場経済に介入することなく需要と供給の割合は安定したものになる、ということをアダムは『見えざる手』と表現しました。

 

4.道徳感情論

人間心理のなかで人間同士の社会的な交わりによって生ずる感情や性向などを取り上げたもので、このような要素が挙げられます。

  1. 同感
  2. 公平な観察者
  3. 賢人と弱い私

『同感』
人間は他人の感情や行動に関心をもち、自分が同じ境遇になった際にどのような行動をするかを想像する。
そして想像した行動が相手と一致する時は是認し、異なるときは否認する心の動きを『同感』とする。
『公平な観察者』
すべての人間から同感を得ることは難しく、自分の感情や行動の適切性や不適切性をこれまでの経験によって形成された胸中の公平な観察者の是認、否認によって判断するようになる。
『賢人と弱い人』
賢人は胸中の公平な観察者の判断を重視し、弱い人は世間の判断を重視する。
すべての人間は賢人と弱い人の両方の部分を持っており、賢明さには社会秩序をもたらす役割があり、弱さには社会の繁栄をもたらす役割があると考えられています。

 

5.オススメの動画

「経済学入門2 アダムスミス 見えざる手とは?」

あとがき

アダムスミスといえば、『国富論』『道徳感情論』の2つに象徴される人物ですが、いずれも物事や人間の本質を見抜き、総合哲学の一端として発表されている物で、現在においても多くの影響を与え続けています。
イギリスという国で紙幣に選ばれる人物というのは、それだけの理由(功績)を残しているということを実感されられます。

以上「アダム・スミス イギリス旧20ポンド紙幣の肖像画人物の功績を探る」でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。